tokotoko歩いていく

自分らしくマイペースに綴りたいと思っています。

幸せ、何気ない瞬間に

ずっとブログをお休みしていましたが、またマイペースに綴っていけたらと思っています。

 

私事ですが、最近、「幸せ」について考えることが多くなった気がします。

「幸せ」は人それぞれです。

今年の夏に熊本地震があり、私も地震を経験したひとりです。

地震後は、気持ちが張り詰めていたのでしょうか。

元々、睡眠障害のようなものもありましたが、やはり余震が怖くて、毎日眠れない事が多く、「また大きな地震が来たら」と考え、切羽詰まったような心の状態が続いていました。

張り詰めていた気持ちがはじけたのか、切羽詰まった心の状態が潰れたのか、8月の終わり頃から、「うつ」のような状態になり、体調面も気持ちの面も調子が思わしくありませんでした。

蝉に例えると、飛び立った蝉が本来の私ですが、抜け殻が不調になった私、とでも言いますか、本来の私がどこか遠くへ飛び立って行ってしまったような感覚でした。

 

最近は、ありがたいことに、体調面も気持ちの面も、だいぶ落ち着いてきています。

どこか遠くへ飛び立って行っていた蝉(私)が、やっと羽を休め止まれる木を見つけたような感じです。

そして、最近、「幸せ」というのは何なのだろうと、考えることが多くなりました。

 

「幸せ」は、本当に十人十色、人それぞれ違うと思います。

人それぞれ違う幸せの中で、幸せを感じることが出来る瞬間、幸せと感じていなくても、気付いていないだけで、何気ない瞬間に幸せってあるものだと、そう思うようになりました。

 

きつく、しんどい時期でもありましたが、「蝉」の疑似体験のおかげで、「幸せ」について、私自身改めて考えることのできる良い機会だったのだと、今はポジティブに思えます。

「幸せ」、本当に何気ない瞬間にあるものだと思います。

 

 

 

考え過ぎてしまう

自分の好きな言葉は色々とあるけれど、よく使う言葉が、「自分らしく」や、「マイペース」、「無理をせずに」などです。

私の場合は、悩みがあるときや、相手に使うことが多いのですが。

私自身も、家族、友人、知人にこのような言葉をかけてもらうことが多く、そんな感じの人間?です。

威圧的な言葉ではないので安心しますが、最近、この言葉達について深く考えてしまうことがあります。

「自分らしく」は、自分で居ることの大切さを教えてくれるけれど、自分に少し甘えているような気もしたり。

「マイペース」は、言葉の通り自分のペースでということで、マイペース過ぎてもいけないのではと焦ったり。

「無理をせずに」は、無理は良くないけれど、無理をしてでもやらなければならないこともあると感じたり。

 

安心する言葉故に、安心にばかり頼っていてはいけないとも思ってしまいます。

どの言葉達もとても大切で、相手も本当にあたたかな気持ちで言ってくれていると分かっています。

けれども、追求して考えてしまう自分も居ます。

「自分らしく」で良いんだ。

「マイペース」で良いんだ。

「無理をせずに」で良いんだ。

と素直に受け入れられない隙間が、自分の心のどこかにある気もします。

 

好きな言葉なのに、疑問に思ってしまう。

言葉をかけてくれた相手を疑うのではなく、安心できる言葉に頼る自分を疑う。

素直にすーっと受け入れられたらと思います。

 

ここ数日、こんな事を考えながら過ごしている私です。

 

 

 

 

 

 

 

 

心模様

海があり波があり砂浜がある

自分の鼓動は海で心は波のようで砂浜は休むところ

 

日々の中で

私の心の波は

様々な形になり

勢いのよい波かと思えば

ササ―っと静かに音を立てる波にもなる

 

私の鼓動は海のように荒れ

その鼓動に隠れる心は波のように押し寄せ

その鼓動を静めるのは砂浜で

 

綺麗な澄み渡った海とは程遠いけれど

私は私の中にあるこの海と波と泳いでいき

 

そして

少し疲れたら

砂浜で休もう

「自分の思い」をtokotokoと。

初めてこのブログを書き始めたのが、二年前になっていて、それから更新されておらず、今年はじめにぽつぽつと幾つか投稿していただけでした。

そして今日、また「自分の思い」を書こうとこちらへ。

 

このブログも、毎日ではなくても「続けよう!」と当初は意気込んでいました。私自身、色々なことを同時進行?上手く両立させることが苦手で、自分自身のこと、仕事のこと、家族のことなども重なり、言い訳ですがなかなか思いを書くことが出来ずに居ました。

そのような時こそ、自分自身の中にあるものを吐き出す、心にある何かを吐き出す、思いを吐き出す、形にすることが大事だと思うのですが、何もせずに月日だけが過ぎて行ってしまいました。

 

突然思い立ったように、今、こうして書くことが出来ているのは、自分自身の中に少し余裕が出てきたからだと思います。

余裕という言葉が合っているか分かりませんが、自分の心の中が「休憩をしても良いよ」「好きなことをしても良いよ」と言ってくれているようにも感じます。

 

天気のようにころころと変わりやすく、あまり安定感のない私ですが、また「自分の思い」をtokotokoと書いていけたらと思っています。

 

 

 

 

怖いから

怖いから 座り込んで休んでみた

怖いから 深く息を吸い吐いてみた

怖いから 自分で自分の体を抱きしめた

怖いから 目を閉じた

怖いから 立ちどまってみた

 

怖さに対しての逃げ道

私はたくさん持っているんだな

私と生きていく

私は私と

生きていきたいと思う

 

障がいと心の弱さを言い訳にして

自分を傷つけて

周りを傷つけたときもある

 

辛さ、苦しさは私自身の参考書

そこから学ぶ

私を知ることもできる

 

だからこそ

私と生きていく

虹色の空

私は

自分の障がいが分かり

少し安心できました

 

それまでの私は

曇り空のようでした

 

真っ白な空な雲でもなく

雨雲のように黒い雲でもない

 

私は今

曇り空ではなく

虹色の空を目指していきています